ケアガイド医師査読済 · 2026年8月公開 2026年8月1日更新 2026年8月7日

若年性認知症のBPSD——現役世代・子育て世帯特有の困難

若年性認知症では本人の自己認識とのギャップや就労中断のストレスからBPSDが際立ちやすくなります。現役世代・子育て世帯特有の困難と相談先、対応の工夫を体験談とともに解説します。

Yuya Kobayashi, MD, PhD

医療監修

Yuya Kobayashi, MD, PhD

認知症専門外来・在宅診療医


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浜松市に住む三浦香織(52歳、パート事務職)は、夕食の席で箸を止めた。夫の拓也(54歳)が「明日は朝一で得意先まわりがあるから、6時に起こしてくれ」と言い出したのだ。拓也が会社を退職してから、もう半年が経つ。


「お父さん、もう会社辞めたやんか」。高校3年生の息子・拓真がぽつりと口を挟んだ。その瞬間、拓也の表情が一変した。「バカにするな!誰のおかげでこの家があると思ってるんだ!」——テーブルを叩く音とともに、湯呑みが倒れて中身がこぼれた。香織は息子をかばうように前に出ながら、心のどこかで「またか」と思う自分にも疲れていた。


拓也は52歳のとき、若年性アルツハイマー型認知症と診断された。メーカーの営業職として20年以上勤め、部下からの信頼も厚かった。異変は些細なことから始まった。提出期限を何度も忘れる、長年付き合いのある得意先の名前が急に出てこない、商談の段取りが組めなくなる。上司は「体調のせいだろう」と配慮し、まずは負担の少ない部署への異動を打診した。しかし拓也本人は「まだ現役でやれる」と強く拒み、結局は休職を経て退職せざるを得なくなった。


収入が半減した家計への不安、まだ大学受験を控える拓真の教育費、そして「夫はまだ54歳なのに」という感覚のズレ——香織は誰にも相談できないまま、一人で抱え込んでいた。ある日、少しでも日中の見守りになればと近所の高齢者向けデイサービスの見学に拓也を誘ったところ、施設の雰囲気を見た拓也は顔をこわばらせ、「年寄り扱いするな、俺はまだ働ける歳だ」と声を荒げて帰ってしまった。それ以来、拓也の焦燥感や怒りっぽさは以前よりも目立つようになった。


追い詰められた香織が市の地域包括支援センターに駆け込んで初めて知ったのが「若年性認知症支援コーディネーター」という存在だった。コーディネーターは、拓也の年代や就労歴に合った関わり方を一緒に考えてくれた。「拓也さんはまだ社会とのつながりを必要としている段階です。高齢者向けの環境に急にはめ込むのではなく、本人ができることを少しずつ担ってもらう場を探しましょう」。その言葉に香織は初めて肩の力が抜けるのを感じた。


その後、就労系の福祉サービスに相談し、拓也は週に数日、書類の整理や簡単な軽作業を任される場に通うようになった。役割を持てたことで、「自分は何もできない」という焦りが和らいだのか、家庭内で声を荒げる頻度は少しずつ減っていった。息子の拓真にも、香織は改めて父の病気について正直に話した。「お父さんは怒りたくて怒っているんじゃなくて、できないことが増えて怖いんだと思う」。拓真は黙って聞いていたが、その日から父への声のかけ方が少し変わったように香織には感じられた。


コーディネーターからは、傷病手当金や障害年金、精神障害者保健福祉手帳といった経済的な支援制度についても案内を受けた。会社員時代の収入と単純比較すればとても及ばないが、「使える制度をすべて洗い出しただけでも、これから先の見通しが立てやすくなった」と香織は言う。同じ悩みを抱える若年性認知症の家族が集まる会にも参加するようになり、「うちだけじゃなかったんだ」と思えたことが、何より気持ちを軽くしてくれたという。


なぜ若年性認知症ではBPSDが際立ちやすいのか


本人の自己認識と現実とのギャップが大きい → 若年性認知症では発症時の年齢が若く、本人にも周囲にも「まだ働ける」「まだ現役だ」という自己認識が強く残っていることが多いです。できていたはずのことができなくなる現実との落差が大きいほど、焦りや怒りとして表出しやすくなる可能性があります。


就労中断・経済的ストレスが症状を増幅させうる → 現役世代であるがゆえに、診断がそのまま失職や収入減少に直結しやすく、家計や子どもの教育費への不安が本人・家族双方の心理的な負荷を高めます。この慢性的なストレスが、焦燥感や易刺激性(ちょっとしたことで感情が高ぶりやすい状態)を強めやすい一因になっていると考えられています。


家族内の役割が急に変化し、支える側にも余裕がなくなりやすい → 配偶者がまだ現役で働いている、子どもが思春期・受験期であるなど、家族全体が「介護に専念できない」状況に置かれやすいのが若年性認知症世帯の特徴です。介護者が疲弊し、余裕のない対応が続くことで、本人のBPSDがさらに悪化する悪循環が生まれることもあります。


実践ポイント


若年性認知症コールセンター・支援コーディネーターに早めにつながる → 各都道府県には若年性認知症の相談に特化した窓口や、市区町村の地域包括支援センターに配置される「若年性認知症支援コーディネーター」があります。高齢者向けの制度・サービスとは異なる視点でのアドバイスが受けられます。


就労継続の可能性を早い段階で会社・産業医と話し合う → 診断直後にすぐ退職を決めず、産業医や人事担当者と業務内容の調整(負担の軽い部署への異動、勤務時間の短縮など)を相談できないか探ってみる価値があります。障害者雇用への切り替えという選択肢が使える場合もあります。


経済的な支援制度を早めに調べる → 傷病手当金、障害年金、精神障害者保健福祉手帳、自立支援医療(精神通院医療)など、若年性認知症でも対象になりうる制度は複数あります。制度の適用可否は個別事情によるため、コーディネーターや医療ソーシャルワーカーに具体的に確認することをおすすめします。


「できること」を担える役割を作る → 高齢者向けの活動に急に合わせるのではなく、本人の年代・経験に合った作業や役割(軽作業、事務補助的なことなど)を持てる場を探すことで、自己肯定感の低下によるBPSDの悪化を防げる可能性があります。


子どもへの説明は年齢や理解度に合わせて正直に行う → 事実を隠し続けると、子どもは「なぜ父・母の様子が変わったのか」を誤解したまま抱え込んでしまうことがあります。「怒りたくて怒っているのではなく、できないことが増えて怖いのだと思う」など、症状の背景を伝える言葉がけが助けになることがあります。


感情の背景にある喪失感に寄り添う → 易怒性や焦燥感の裏には、「できていた自分」を失うことへの悲しみや恐怖が隠れていることが多いです。行動そのものを叱るのではなく、「悔しいよね」「不安だよね」と気持ちを受け止める言葉がけが、症状の軽減につながることがあります。


同世代の家族会・ピアサポートにつながる → 高齢の親を介護する家族会では、現役世代・子育て世帯特有の悩みが共有しにくい場合があります。若年性認知症の家族同士がつながれる会や、当事者・家族向けのオンラインコミュニティを探してみることも助けになります。


よくある失敗・NG対応


高齢者向けのサービス・環境にそのまま合わせようとする → 本人の年代とかけ離れた環境は強い拒否感を招き、かえってBPSDを悪化させることがあります。年代に合ったサービスがあるかをまず確認しましょう。


「まだ働ける」という本人の訴えを頭ごなしに否定する → 病識(自分の状態への自覚)が保たれている時期ほど、否定される体験は本人の自尊心を強く傷つけ、怒りや抑うつにつながりやすくなります。


一人で抱え込み、相談を先延ばしにする → 現役世代の介護者は「仕事があるから」「まだ大丈夫」と相談を後回しにしがちですが、経済的な問題は早期の対応が選択肢の幅を広げます。


子どもに事実を伝えず、様子の変化だけを見せてしまう → 説明のないまま親の変化にさらされ続けると、子どもが「自分のせいかもしれない」と誤った受け止め方をしてしまうことがあります。


経済的な相談を後回しにしてしまう → 収入減少への不安は本人・家族双方のストレスを高め、間接的にBPSDの悪化要因になりえます。早い段階で使える制度を確認しておくことが、心理的な余裕にもつながります。


若年性認知症のBPSDと向き合うためのチェックリスト

  • 若年性認知症支援コーディネーターや専門の相談窓口を把握していますか
  • 本人の年代・経験に合った役割や活動の場を探しましたか
  • 就労継続や障害者雇用への切り替えの可能性を会社・産業医と相談しましょう
  • 傷病手当金・障害年金・精神障害者保健福祉手帳など使える制度の確認を
  • 子どもの年齢・理解度に合わせて、症状の背景を正直に説明していますか
  • 同世代の家族会やピアサポートにつながる機会があれば積極的に活用しましょう

  • 「怒りっぽくなった夫を、ただ『困った人』として見ていた時期は本当につらかった」と香織は振り返る。「でも、あの怒りの裏には『できなくなっていく自分』への恐怖があったんだと分かってから、少しずつ夫との向き合い方が変わった気がします」。


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    [1]: Ikejima C, et al. "Prevalence and causes of early-onset dementia in Japan: a population-based study" (Stroke, 2009) — 若年性認知症の有病率に関する調査

    [2]: 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」

    [3]: 厚生労働省「若年性認知症施策の推進」— 若年性認知症支援コーディネーターの配置等について

    医師査読済コンテンツ

    本記事は認知症専門外来・在宅診療医 Yuya Kobayashi, MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年8月

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    参考文献

    1. [1]Ikejima C, et al.Prevalence and causes of early-onset dementia in Japan: a population-based studyStroke (2009)
    2. [2]日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017 (2017)
    3. [3]厚生労働省若年性認知症施策の推進 (2021)

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