前頭側頭型認知症のBPSD——脱抑制・易怒性はアルツハイマー型と何が違うのか
万引きや過食など唐突な脱抑制行動に戸惑う家族は少なくありません。前頭側頭型認知症の特徴と、アルツハイマー型とは異なる対応の考え方を解説します。
医療監修
Koba MD, PhD
認知症専門外来・在宅訪問診療に従事
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埼玉県内の住宅街で長年文房具店を営んできた宮内孝夫さん(66歳、要介護2)は、几帳面で几帳面すぎるほど時間に厳しい人だった。開店は毎朝8時ちょうど、レジ締めは1円単位まで合わせる。そんな父の変化に長女の宮内奈々さん(38歳)が気づいたのは、2年前のことだった。
きっかけは、近所のスーパーからの電話だった。「お父様が、レジを通さずにお菓子を持ち帰ろうとされて……」。奈々さんは耳を疑った。父は昔から曲がったことが大嫌いな人で、お釣りが1円多くても必ず店まで届けに行くような性格だったからだ。本人に聞いても「え、そうだったか」と悪びれる様子もなく、まるで他人事のようだった。
その後も、店の常連客に対して思ったことをそのまま口にするようになった。「その服、太って見えるよ」「もう来なくていいよ、話が長い」。以前なら絶対に言わなかったであろう言葉が、まるでブレーキが壊れたかのように出てくる。かと思えば、毎日同じ時間に同じ道を散歩し、途中で少しでも予定が狂うと激しく苛立って怒鳴ることもあった。好物だった甘いものへの執着も強まり、隠しておいた菓子箱を一人で全部食べてしまうこともあった。
奈々さんは最初、「年のせいで気が緩んだ」「頑固になっただけ」と捉えようとしたが、万引きの件が二度、三度と重なり、さすがにこれはおかしいと感じるようになり、地域包括支援センターに相談した。紹介された物忘れ外来を受診し、画像検査や神経心理検査を経て、医師から告げられたのは「前頭側頭型認知症の可能性が高い」という診断だった。
医師の説明はこうだった。「前頭側頭型認知症では、もの忘れよりも先に、社会的なルールを守る、感情を抑える、といった前頭葉の働きが弱くなることが少なくありません。万引きや失礼な発言は、本人の人格が崩れたからではなく、脳の特定の領域の変化によって、これまで無意識に働いていたブレーキが利きにくくなっている状態と考えられます」。
奈々さんにとってこの説明は多少の救いだった。それまで「父の人が変わってしまった」「なぜ私たちを困らせるようなことばかりするのか」と、怒りと悲しみの入り混じった感情を抱えていたが、「本人が悪意を持ってやっているわけではない」と理解できたことで、少しずつ向き合い方を変えていくことができた。
とはいえ理解できたからといってすぐに気持ちが楽になったわけではない。近所付き合いの中で「あそこの店主さん、最近様子がおかしいらしい」という噂が耳に入るたびに、奈々さんは説明して回るべきか、あるいは黙っているべきか悩んだ。結局、日頃から付き合いのある近隣の数軒には事情を伝え、万引きのようなことがあれば家族に連絡してほしいと頼んで回ることにした。恥ずかしさや申し訳なさがなかったと言えば嘘になるが、隠すことで孤立するよりは、事情を知ってもらったうえで見守ってもらう方が、結果的に父にとっても自分にとっても楽になると考えたという。
今では、外出時は必ず付き添う、決まったルーティンを崩さないよう予定を先に伝えておく、店のレジ対応はあらかじめ役割を決めておく、といった工夫をしながら、父との時間を続けている。
前頭側頭型認知症の特徴とアルツハイマー型との違い
前頭葉・側頭葉の機能低下が症状の起点になりやすい → 前頭側頭型認知症では、記憶を司る海馬よりも先に、社会的な判断・感情の抑制・共感に関わる前頭葉の機能低下が目立つことが多いとされています[1]。そのため、もの忘れよりも先に「性格や振る舞いが変わった」という形で症状が現れやすい点が特徴です。
中核症状の現れ方がアルツハイマー型と異なる可能性があります → アルツハイマー型認知症では記憶障害が初期から目立つことが多いのに対し、前頭側頭型認知症では記憶は比較的保たれたまま、脱抑制(社会的に不適切な言動)、常同行動(同じ行動を繰り返す)、食行動の変化(過食・特定のものへの執着)、意欲低下などが先行することがあります[1][2]。同じ「認知症」という言葉でも、家族が最初に直面する困りごとの種類がかなり異なる点に注意が必要です。
本人に自覚や悪意がないことが多いとされています → 脱抑制行動や失礼な発言は、本人が「わざと」やっているのではなく、行動の結果を予測したり、他者の気持ちを想像したりする脳の働き自体が弱まっている可能性があるためと考えられています。この点についてもアルツハイマー型の対応方針をそのまま当てはめると噛み合わないことがある理由のひとつです。
比較的若い年代(40代〜60代)で発症することが多い点も、アルツハイマー型と異なる特徴のひとつとされています[2]。働き盛りの年代で症状が始まるため、本人の失職や家計への影響、配偶者や子どもの生活設計の見直しなど、介護以外の課題が同時に押し寄せることも少なくありません。診断までに時間がかかりやすいことも指摘されており、「単なる性格の変化」「うつではないか」と別の見立てで様子を見られてしまうケースも報告されています[1]。
実践ポイント
行動のパターンを記録し「引き金」を把握する → いつ・どこで・何をきっかけに脱抑制的な行動が起きたかを記録しておくと、外出先や時間帯を調整する手がかりになります。
ルーティンを崩さない環境をあらかじめ整える → 前頭側頭型認知症では決まった手順や時間へのこだわりが強く出ることがあるため、無理に変えようとせず、本人が安心できる一定の生活リズムを維持することが有効な場合があります。
買い物や外食は付き添い・事前の声かけを基本にする → 会計前にレジを通さず持ち帰ろうとする、店員に不適切な発言をするといった行動が懸念される場合は、事前に「今日はお会計を一緒にやろうね」と役割を決めておくと、トラブルを未然に防ぎやすくなります。
食行動の変化には環境を単純化して対応する → 過食や特定の食品への執着が強い場合、目につく場所に菓子や食品を置かない、一回に取り分ける量をあらかじめ決めて制限しておくといった環境調整が助けになることがあります。
失礼な発言そのものを正面から叱らない → その場で強く注意すると本人が混乱したり、かえって興奮を招いたりすることがあります。場を離れる、話題を変えるなど、その場をやり過ごす対応の方が有効なことがあります。
家族だけで抱え込まず、症例に詳しい専門職につなげる → 前頭側頭型認知症は認知症全体の中では診断数が少なく、対応に不慣れな窓口もあるため、認知症疾患医療センターなど専門性の高い相談先を探すことも検討してください。
利用できる制度・サービスを早めに確認する → 65歳未満で発症する若年性の場合を含め、介護保険サービスに加えて、障害福祉サービスや就労・経済面の支援制度が使える場合があります。地域包括支援センターに早めに相談しておくと選択肢が広がります。
よくある失敗・NG対応
「性格が悪くなった」「わがままになった」と本人を責めてしまう → 脳の変化による症状であることを見落とし、本人の人格の問題として捉えてしまうと、家族の心理的な負担が増すだけでなく、本人との関係も悪化しやすくなります。
一般的な「認知症対応」をそのまま当てはめてしまう → もの忘れを前提にした声かけやスケジュールの工夫だけでは、脱抑制や常同行動には対応しきれないことがあります。症状のタイプに応じた対応を意識する必要があります。
外出や対人接触を本人の意思に任せきりにしてしまう → 判断力の変化に気づかないまま今までどおりの行動範囲を許容してしまうと、トラブルが繰り返されるリスクが高まります。
診断がつく前に「気のせい」「疲れているだけ」と様子を見すぎてしまう → 初期の変化は性格の問題と誤解されやすく、受診が遅れがちです。違和感が続く場合は早めに専門医療機関に相談することが望まれます。
家族だけで対応方針を抱え込み、専門職に相談しない → 対応の負担が特定の家族に集中しやすく、疲弊してから相談するケースも少なくありません。早い段階からケアマネジャーや医師と方針を共有しておくことが助けになります。
前頭側頭型認知症のBPSDに気づいたときのチェックリスト
奈々さんは「父の人格や性格に問題があるわけではなく、脳の中で起きている疾患(前頭葉の機能低下など)が行動の問題を引き起こしている犯人だと分かってから、少しずつ受け止め方が変わった」と話す。今も試行錯誤は続いているが、父の行動を「問題」としてではなく「症状」として見られるようになったことが、大きな支えになっているという。
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[1]: 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」より
[2]: 日本前頭側頭葉変性症研究会・関連学会の診療情報より
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